話しかけられることがストレス・・・やっぱり、「コミュ障」「陰キャ」には生き辛い世の中。
バイルです。
人に頼られること、聞かれること、ひいては話しかけれることがストレスである。
社会人としては失格である。
(私は何ら気にしちゃいねえがな)
社畜を10年して、気付いたことがある。
私は「コミュ障」である。
それに、加えて陰キャでもある。
会社員として、人に頼られることは名誉ないことであり、いわゆる「普通の人」であれば嬉しいのであろう。
「コミュ障」や「陰キャ」にとって、これらは嬉しいどころか、脅威である。
この「普通」というのが私のような「コミュ障」の人間を生き辛くしているのであるが・・・
「普通」や「常識」というのは、リア充を対象としているため、私のように陰キャでコミュ障の人間には、当てはまらない・・・
話しかけられることがストレス。
頼られることが負担。
目立つことが恐怖。
協力という言葉にアレルギー。
人との関わりで、驚異的な消耗。
それが私の性質である。
立派な「コキュ障」である。
私は別にそのことを嫌っちゃいねえが、世間は認めててはくれねえ・・・
今でも・・・
「たまには、外でみんなと拘留してリフレッシュしようぜ!」
「飲み会に参加して英気を養おう。」
「休日の上司とBBQしよう」
「職場で懇親会をしよう」
「みなで休憩中にコミュケーションをとったら」
みたいなことを勧められる。
いやいや・・・「コミュ障」「陰キャ」にとってそれらは、ストレスであり脅威である。そこをどうかご理解願う。全ての人類が単一の方法で、ストレスを解消できると思わないでくれ・・・
多様化した世の中ではあるが、いまだにリア充の常識というのは根強く支持されている。
ああ・・・
生きづらい
そして、「働きたくねえ」。
そう今日も感じる、労働意欲が低い私である。
全く、今日も休日だというのに、しょうもない電話をかけてきたやつがいたな。
「会社にかけたら、お休みだって聞いたんで携帯に電話しました」
内容は、別に急ぎでも重要でもなかった。
ばかやろう!!!!
簡単に、携帯に電話なんぞしてくんじゃねえ!と胸中は怒りと不安でいっぱいである。
怒りの理由は、話すまでもない。
不安の理由は、何かミスでもしたのか?
良くない知らせか?と心配になるからである。
全く「繋がらない権利」というものを知らんのかね
※日本では施行されていない法律。