働きたくねえ社畜パパの子育てと仕事の奮闘記!水面下でセミリタイアを目指す。

子育てと仕事を両立している働きたくない社畜パパです。社畜脱出を願いセミリタイアの実現にも取り組んでいくブログです。

【理解不能な縦社会】体育会系の変なルールに呆れしかない。それに、別に覚えたいとも思わない。

 

社畜パパのバイルです。

社会に出ると、いろんなことがある。
子供の時には、早く大人になりたいと思ったが、実際になってみると不自由この上ない。


子供時代に戻りたいとも思わないが、普通の大人の生活が幸せだとも思わない。
「普通」という観念が問題なのかもしれない。


前置きはここまでにして今日は体育会系の暗黙のルール、先輩、年長者の信じ難い話。


先輩・年長者は特権階級であるとでも言いたげな、振る舞い、態度が私はどうも気にいらない。

不快である。

f:id:bairunn060012:20191029230928p:plain

①先輩・年長者の至上主義

部活の延長かわからないが、先輩・年長者が偉いみたいになっている。

私にしてみれば、それだけで不快だ。


「先輩・年長者に敬意を払う」ということには納得であるが、それと至上主義とは別だ。何故、見ず知らずの人に対して、後から来たという理由だけで、召使いのように扱われなければならない?


遺憾である。
礼儀・敬語は大事だと思う。
社会という組織の中で、多数の人が生活するためには、そういった規律は必要なのもわかる。


だが、召使いのような年上至上主義はいらない。
私は常々そう思っているのだが、みなはどう思う?

②駐車場の出る順番。出勤の順番など。休憩など。

それに、変な暗黙のルールも嫌いだ。
公には、注意・指摘されることはないが、会社を一斉に退社する際には、役職が高い・年長者が駐車場を先に出る。みたいな暗黙のルールがある。

いやいや・・・準備できた人から帰ったらよくね??偶然タイミングが重なったら、譲るぐらいで良くないかと?と思う。


出勤の順番もそうだ。
基本若手が、順番で後の方に出社すると
「よっ!重役出勤!!」
などと嫌みを言われる。

当然、遅刻でも何でもなく、規定の時間に出社している。

自分が早く出勤するのは、自分の勝手であるが、人を巻き込まないでもらいたい。

あなたたちの価値観を私に押しつけないでほしい。

f:id:bairunn060012:20191024193842p:plain


休憩などでも、文句を言われたことがある。
「若い内は、休憩なんていらんだろう。」
「休む暇があるなら働け。」
「上司が休んでないのにお前等が休憩すんな。」
というような感じ。
どういう理屈だよ。


そんな考えが蔓延しているから、過労死がなくならないのだ。

f:id:bairunn060012:20191024191920p:plain


こういった考え・ルールが社会を窮屈にさせている。
そう私は思う。

社畜会・飲み会で自分の飲み物、食事は自分でとれや!

忘年会・送別会などの食事の席では、ひどい人では、さながら殿様かと思うような態度をとる人がいる。

皿とコップを無言で渡してくる。
入れてこい!ということ。

こういった上下関係の部活の延長のようなルールも気に食わない。大人なんだから欲しいものは自分で取れや!

勿論、自分が尊敬する人に対して食事をよそう、飲み物をつぐといことには賛成である。ただ先輩というだけで、偉そうにされるのが我慢ならないということ。

④あげく、高速道路で追い抜いただと?

これは、私が同僚から聞いた話だが、上司の車を高速道路で追い抜いたという理由で叱責されたらしい。


これが、メインで叱責をされたわけではないらしいが、何やら業務のことで詰められている時に
「だいたいお前は・・・オレを追い抜いただろ!!」
という流れだったらしい。


いやいや、関係ないだろ。
そう私も思うが、上司は真面目な顔で叱りつけてきたらしい。


八つ当たりもいいところである。
これも、体育会系的な考えの延長戦であると思う。
聞け上司は有名な大学の出身らしい。

厳しい上下関係に耐え抜いたスピリッツには敬意を表するが、私たちにそれを押しつけないでほしい。


まったく、こうなると何でもありだな。
その内、昼食のおかずまで文句をつけられかれない。

⑤本当に面倒だ。人間関係はやっぱり嫌いだ。

いろいろ書いたが、伝えたいことは、人間関係が面倒だということだ。


どれほどのホワイト企業だろうとも、人との関わりは発生する。

すると、必然的に何らかのトラブルはある。

それが、私はイヤなのだ。
嫌い、嫌悪という感情よりも、怖い、恐怖、苦手という感情である。


でも、労働をしているとこれはなくならない。
人との関わりは必ずある。


だからこそ、私には「セミリタイア」という道が必要不可欠なんだ。その希望の光がなければ、永遠に続くと感じる、労働地獄から逃れることはできない。


多分、「セミリタイア」という逃げ道がなければ私は正気を保てないかもしれない。

それほどまでに、労働と人間関係が苦手で怖いのである。

明日も働きたくねえ。